”おとバン” の歴史を探る長編読みもの

2021/10/18

 現在、2021ラジオNIKKEIおとなのバンド大賞、絶賛応募受付中です。

 すでにご案内のこととは存じますが、我々NPO法人おとなのバンド倶楽部(NPOおとバン)は、そのルーツが2007年に始まった日本経済新聞社主催の「日経おとなのバンド大賞」です。2012年から始まり現在に至っているラジオNIKKEIおとなのバンド大賞も日経おとなのバンド大賞のスピリッツを脈々と受け継いでいます。

 

 NPOおとバンが産声を上げる前の2018年冬に、NPO発起人の一人で、現在正会員の足立研さんが、日経おとなのバンド大賞からの歴史を紐解きつつ、NPOおとバンへの思いを込めた記事を他のコミュニティに書かれたとのことでしたので、先ずはこちらをお読みください。(3年前のまま、加筆修正しておりません^ ^

「NPO法人おとなのバンド倶楽部 発足へ」 足立 研

 いま私の中で最も旬な話題は、「おとなのバンド倶楽部」というNPO法人(正確には特定非営利活動法人)の立ち上げです。

11月1日に正会員15名による設立総会を終え東京都へ申請済み、来年20193月初めには法人登記を行う予定でいます。

 

 つい先日1129日には、まだ申請が受理されるかわからない中、まずは任意団体としての「おとなのバンド倶楽部」発足記念ライブパーティーを下北沢「Com.Café音倉」(庄野真代さん運営)で開き、100名の皆さんと楽しい夜を過ごしました。


20181129日発足記念ライブパーティー

@下北沢Com.Café音倉

「アマチュア音楽、特にバンド音楽の振興のために、多角的な支援活動を行います」


●日経おとなのバンド大賞の立ち上げ

 2007年に5カ所での予選大会(札幌・東京・名古屋・大阪・福岡)を経て、日経おとなのバンド大賞は東京品川のステラボールで全国大会を迎えました。「大人の新たな音楽文化を創る」をコンセプトに、私が描きたかったのは「働きながらバンド音楽活動を続けるビジネスパーソンをリスペクトしよう」という世の中でした。その当時「オヤジバンド」といった言葉が使われることが多く、何となく卑下されて見られている気がしていたのです。日経の持つ「ビジネス」「信頼感」といったブランド力を活用して、成熟した文化に昇華したいと考えていました。タイトルに「おとなのバンド」という名称を付けたのも、その想いからです。

 実際に予選で全国を回った時に「日経主催だから、メンバー内で議論をして初めてコンテストに応募した」といった声が多かったです。また、奥さんや旦那さんなど家族の理解がバンド活動を支えていたり、お子さんに(将来親子でバンドを組むことを狙って)自分とは異なる楽器を習わせている人が多くいたり、転勤したメンバーとの練習方法を工夫していたり、地域の高齢者向け施設や児童館でボランティア演奏をしているバンドがいたりして、その人間性・社会性の豊かさが「おとなのバンド」の本質だなと感じることができました。

2007年(第1回)日経おとなのバンド大賞

募集ポスター


●加藤和彦さんへのプレゼンテーション

 日経おとなのバンド大賞を立ち上げるにあたり、日本の音楽界の重鎮の一人である加藤和彦さんに大会アドバイザーをお願いしました。加藤さん自身がアマチュアのフォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」からプロの活動を開始(1967年)された方であり、フォークからロック、映画や舞台音楽まで幅広くカバーされていたことや、1947年生まれの団塊世代で我々が想定していた対象の代表・顔として相応しいだろうと考えたのがお願いした理由です。

 渋谷にあったヤマハのスタジオに、初めて加藤さんを訪ねた日のことは忘れられません。普段は仕事の緊張感を楽しむタイプの私ですが、気難しい印象の加藤さんにOKと言ってもらえるか、不安な気持ちを抱えていました。が、私の説明する「働きながら音楽活動を行うビジネスパーソンをリスペクトする」というコンセプトと企画内容を聴いた瞬間に、加藤さんは「やりましょう!」と即答されました。セットでお願いすべく用意していた、「全国大会出場バンドから選抜されたメンバーによるドリームバンドと一緒にセッションいただく」という無理なアイデアにも、「バンドで演るんだったら『あの素晴らしい愛をもう一度』じゃなくて『タイムマシンにお願い』じゃない?」と軽やかに返していただきました。企画のプランナーとして有頂天になった瞬間でした(笑)。加藤さんとのドリームバンドの選出時のやりとりや、大会当日のリハーサルでの楽しそうな姿は良い思い出です。

 第1回大会終了後に、加藤さんからは「アマチュアバンドに年輪を感じた。プロのバンドが積む経験と同じ分の人生経験を積んでいる。好きなことを追求していくだろうから、レベルはどんどん深くなるだろう。日経らしい音楽マーケットが確実にある」と言っていただきました。

(その後、加藤さんは20091016日に亡くなりました。心からご冥福をお祈りします)

加藤さんにプレゼンした手書きの企画アイデアメモ


10年の熟成:ゆめのつづきからNPO

 結局日経おとなのバンド大賞は2007年から2010年までの4回でその幕を閉じました。東日本大震災が起こり、お祭り的なイベントは自粛モードになっていた頃です。

日経グループの会社に勤める一サラリーマンとしては、正直「もったいない」との気持ちでした。第1回大会には全国から743バンドの応募があり、その潜在力を実感していたので、彼ら彼女らから「見捨てられた」と思われるのではないか、バンド大賞を通じてせっかく日経を身近に感じられた読者が日経から遠のいてしまうのではないか、といったことを真剣に心配しました。

 また、企業が主催する協賛スポンサー型事業の儚さも感じました。私がやりたかったことが、いとも簡単に無くなってしまう。そうならないためには、受益者自身が活動の主体になって互助的に運営する母体が必要だとの想いが強まったのです。日経おとなのバンド大賞の運営でご一緒した岡田信一さん(当時エピキュラス=ヤマハグループのコンサート制作会社のプロデューサー)とたまに会っては、そんな話を繰り返していました。岡田さんは2013年からラジオNIKKEI「大人のラヂオ」番組内の「大人の音楽コーナー」で企画・パーソナリティーを担当しています。これは同局の宮崎裕一プロデューサーが私のもとへ訪れ、「日経おとなのバンド大賞をラジオNIKKEIで引き継ぎたい。日経には了解を取ってある」と相談されたのに対して、岡田さんが適任と推薦・お引き合わせしたことから始まったものです。当初はほとんど応募の無かったラジオNIKKEIおとなのバンド大賞も、今はかなりの数の応募があります。宮崎さんの熱意と岡田さんの経験が、「おとなのバンド大賞」の存続を支えています。

 そんな中、2017年夏に日経おとなのバンド大賞第1回大会の準グランプリを獲得した、オリジナル曲を得意とする社会派ロックバンド「U.O.D.」のドラマー藤原豊さん(公益財団法人ハイライフ研究所、大会当時は㈱読売広告社勤務)から、「自分たちが出場した第1回大会から10周年を迎えるので、記念ライブを開催したい。協力してくれませんか」との連絡を受けました。彼らは、一緒に全国大会に出場したバンドとヨコのつながりを続けていて、その後「ゆめのつづきライブ」と名付けて計5回の合同ライブを行っていました。素晴らしい!!!

「もちろん手伝います!」と答え、早速銀座ヤマハの目黒直弥さんに会場を押さえてもらい、2017122日にヤマハ銀座スタジオで「日経おとなのバンド大賞第1回大会10周年記念 ゆめのつづき Vol.6」が開催されました。折しも10年前の全国大会と同じ日にちでした。岡田さんにも声を掛け、岡田さん・藤原さんの司会進行で、出場5バンド(札幌からグランプリバンド「Bibsel」も駆け付けてくれました)、120人のお客さんが集まって、イベントは賑やか且つ和やかな内に終了しました。

 

 各バンドの幹事役が集まった反省会という名の飲み会で、NPO構想を共有したところ、皆さんに「やろうやろう」と言っていただいて、団体設立の準備作業が本格的に始まりました。

2017年12月2日

日経おとなのバンド大賞 第1回大会 10周年記念企画

「ゆめのつづき Vol.6」開催チラシ

司会進行はこの二人

「ゆめのつづき Vol.6」フォトセッション!

ここからNPOに続いていく・・・


●そして私も演ずる側へ

 実は私自身も中学生の頃からギターを弾き、20代には自宅で自作曲を作り、多重録音して楽しんでいました。トム・ロビンソンバンドやエルヴィス・コステロでニューウェイブなロックサウンドに目覚め、佐野元春さんの詩的な歌詞に惹かれ、自分でも詞曲を作っていたんです。若い頃、会社の「手づくり音楽コンテスト」で初代グランプリを獲ったりもしました。ですが、人前で演奏する勇気は持ち合わせておらず、日経おとなのバンド大賞でも全く黒子に徹していました。

 

 自分でもライブ演奏をするようになったのは、昨年20176月からです。結婚する前年(1987年)から通っている赤ちょうちん「千代菊 入船」(当時は中目黒、現在は鵜の木)で顔見知りだった日暮義和さん(愛称よっちゃん)が還暦を迎えた後からライブ活動を再開し、私を誘ってくれたのです。店が鵜の木に移ってから、70代後半に差し掛かるマスター(渡辺健二さん、2015年逝去)の負担を減らそうと、常連有志で年に4回店の清掃をしています(現在も継続中)。毎回清掃終了後に綺麗になった店内でご褒美のビールを飲みながら、よっちゃんがギターを弾き私がブルースハープを吹く即興ジャムセッションを楽しみにしていたのですが、ある時よっちゃんが「今度一緒に演らない?」と。その後1年半の間に計5回ライブハウスで一緒に演奏をしています。人生でも音楽でも先輩のメンバーと演奏していると、人の機微を感じる能力と、それに同化することで創るアンサンブルの心地よさに気づき、まだ成長の余地があるなと感じます。「Sunset Stone West & Ken」は日暮義和さん(Vo.&Gt. 67歳)・石渡洋さん(Gt. 67歳)・西和哉さん(Vo.&カホン 58歳)・足立研(ブルースハープ 54歳)の4人組、スタンダードなブルースナンバーを中心に演奏するおとなのバンドです。

Sunset Stone West & Ken

20181123日@平塚Sad Café 

※右端が筆者


●おとなのバンドの未来

 「大人の新たな音楽文化を創る」という理念は、来年3月に設立予定の「特定非営利活動法人おとなのバンド倶楽部(愛称:おとバン)」で形にしていきたいと思います。現在、発起人メンバーである岡田信一さん、藤原豊さん、戸代澤真奈美さんと4名で、平日夜や休日に諸々の準備作業を行っています。

 が、事業計画はまだ構想であり、すべてはゼロからのスタートです。資金の見込みも15人の正会員の年会費収入15万円のみ。何とも心細いです(笑)。

事業の大まかな柱は以下4つ。

・事業1 テーマ性のあるライブ・イベントの自主企画・制作

・事業2 虹色楽団(ロックコーラス隊)などの音楽ワークショップ

・事業3 ライブハウス等のバリアフリー化の推進啓発

・事業4 アマチュア音楽家達のネットワーキング、コミュニティ構築

 正式設立の暁には、賛助会員の募集を行います。今のところFacebookページのみでWebサイト開設もこれからですが、追々告知していきますので是非ご注目ください。

「こんなことをしたらアマチュア音楽家のサポートになるのでは?」「こんな活動をしているアマチュアバンドがいるぞ」といったご意見・アイデアや情報があればお知らせください。

 

足立 研 knadachi@gmail.com



NPOおとバン正会員・足立研さんの音楽人としての夢、「大人の新しい音楽文化創造」の具現化プロセス、読み応えありましたね♪ 

素晴らしい!

足立さんは、今では「演ずる側」としても立派に活躍されています!

 

私・藤原は、足立さんと、日経おとなのバンド大賞第1回大会の参加者、つまり「演ずる側」として出会い、音楽やバンド活動の楽しみ方、あり方を同じく模索する者として、そして大人の新しい音楽文化をともに創造する者として、NPO法人を立ち上げるに至った一人です。 

足立さんのお話の中にも出てくる「ゆめのつづき」ライブ企画、特に2017/12/2に開催された「ゆめのつづきvol.6」は確実にNPOおとバンの礎になっていると思っています。vol.6開催前に私は、こんな紹介文を書いていましたので、足立さんのお話を補足する意味でも)以下にご紹介します。

藤原が所属する「U.O.D.」

”Metabolic,Be good !” 熱演中

2007日経おとなのバンド大賞第1回大会・全国大会@品川ステラボール

2007年、「大人の新しい音楽文化創造」という理念の下、日経おとなのバンド大賞 がスタートしました。その第1回大会には全国から743バンド、3,770名のおとなのバンドが応募、2010年の第4回大会を最後に幕を閉じるまで、日経おとなのバンド大賞はバンド活動を続ける大人たちの目標の一つとして愛されました。

今は残念ながらなくなってしまった日経おとなのバンド大賞ですが、そのスピリッツが脈々と生きているのが #ゆめのつづき 。それは、日経おとなのバンド大賞 第1回大会に東京地区から全国大会に選出された実力派5バンドが定期的に集い、バンドメンバーだけではなく、その家族や関係者、お客様を含めた全てのステークホールダーを巻き込み、バンド間相互のコミュニケーションを活性化させるライブイベントなのです。

今年は日経おとなのバンド大賞第1回大会から丁度10年、節目の年。まだまだみんな「バンド」にこだわって続けています。

「なんでバンドなのか?」と問われれば、即座に「面白いから」と応えます。バンド活動とは音楽を媒介にした複数のメンバー同士のコミュニケーションと言い換えることが出来ると思います。それを続けていく、或いは長くその関係性を保っていくのははっきり言って大変です!なぜなら、バンドはこの世の中で最も難しくアナログな「人間関係」って代物をベースにしているからです。ですので、バンドを長く続けているといろいろなことが起こります。でも、そのいろいろな出来事をバンド事として乗り越えていくことに、実は物凄くダイナミズムがあり、この上なく面白いのです。

ぜひこの「ゆめのつづき」にお越しいただき、大人の(新しい?w)音楽文化創造をベタに実践しているおとなのバンドたちを、観て、聴いて、感じていただきたいのです。そこには、皆様を、延いてはこの日本を元気に出来る何かが必ずあります。おこがましいましいようですが、この先の10年を考える上でのヒントも必ず見つかるはずです。

 

みなさま、日経おとなのバンド大賞 第1回大会の全国大会は2007122日に品川で開催されました。その丁度10年後、2017122日に、今度は銀座でお待ちしております。みなさま是非お出かけください。 #ゆめ6


改めて今読み返すと、新しい大人の音楽文化創造が僕らの夢である!とは言いながら、2017年当時は、ずいぶん「複数人により構成されるバンド」ってことに拘ってたなぁ、なんて些か恥ずかしくなります^^;

今やコロナが、音楽に対する取り組み方や(私の偏見ともいえる)考え方、そのコミュニケーション方法まで、非常にいい意味で一変させました。「コロナで集まってバンド活動できないので、曲作りに専念しています」とか「リモートでリハーサルしています」、「もともとバンドは組んでいなかったけど、オンラインでバンドを組んで曲作っちゃいました~」、「DTMを活用してソロだけど自分なりのバンド活動を楽しんでいます」など数多くの前向きなご意見や状況を目の当たりにしたのです。

  コロナ禍とテクノロジーの進化を上手く自分事化・バンド事化している!

つまり、アナログな人間関係をベースにしたバンド活動ではなくても、十分に「大人の新しい音楽文化創造」はできるということに気づかされたのです。

 

新しい大人の音楽文化創造のフィールドは、大きく広がっています。もっと前向きにもっと力強く音楽を楽しみましょう!コロナを吹き飛ばしましょう!

NPOおとバンの正会員・賛助会員の中にはおとなのバンド大賞と関わりのある方が数多くいらっしゃいます。また時間をおいて、歴史を紐解きながら、未来を語る機会をつくりたいと思います。

 

そして、この長編にお付き合いいただいたみなさまとも、これからの「大人の新しい音楽文化創造」について是非NPOおとバンという場で一緒に考えていきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

 

文責)藤原 豊/NPOおとバン副理事長 mariobabyface@i.softbank.jp